最後に呪詛を吐き出すだけ吐き出して終わりにしたいと思います<br>皆様は優しい心を失わないでください<br><br>次:<a href="https://www.nicovideo.jp/watch/sm34936553" class="watch">sm34936553</a><br>次の次:<a href="https://www.nicovideo.jp/watch/sm34956186" class="watch">sm34956186</a> ←withメタ/ギアへの批判<br>次の次の次:<a href="https://www.nicovideo.jp/watch/sm34964924" class="watch">sm34964924</a> ←論文風<br><br>※超長文です<br>2019.4.5 追記<br>こんな私にほんとうにたくさんの激励の言葉をかけていただき感謝の念がつきません<br><br>ただもう一言言わせてください<br><br>私はけものフレンズ2最終回を見る前にケムリクサを全話視聴していました。ドンドンつまらなくなっていくけもフレ2(その時はただつまらないだけだった)を割り切るためにケムリクサを見始めました<br><br>そのおかげで、確かにモヤモヤした心が浄化された、たつき版と木村版を切り離すことができた、私たちの好きだったけもフレはケムリクサ同様素晴らしい作品だったと思うことができていました。思い込むことができていました。けものフレンズ2最終回を見るまでは<br><br>今はもうそんな風には考えられません。だって気づいてしまったんです。ケムリクサとけものフレンズではポストアポカリプス要素が共通しているだけで他は代替作品として観れる要素がほとんどないことに。<br>本当は怖いけど優しい世界優しくなるための世界を描いていた作品。<br>辛く厳しい世界の中でそれでも絆を信じて救いを目指して手を取り合った世界。<br>私がけものフレンズに求めていた世界はケムリクサでは得ることができませんでした<br><br>もちろんケムリクサはほんとうに素晴らしい作品です。12.1話を見た時はぞくっとするぐらい興奮しました。でも私が楽しんだ作品の代わりではないのだなと思いました<br><br>つまり何が言いたいのかというと、ケムリクサを勧めてくれている視聴者の皆様にはほんとうに非常に申し訳ないのですが、私の求めた、見たかった、信じていた「けものフレンズ」は浄化されて戻ってくることはないということです。汚されたではなくて穢されたと表現したのは泥を被ったのではなくて腐り落ちて不可逆の状態になってしまったと思ったからです<br><br>また、公式がなかったことにする例もあるということですが私はそういう扱いをしている作品のことをどうしても好きになれません。駄作だった、受け入れられなかった、だからなかったことにする?そんなのクリエイターがしていいことじゃない。そんなことがあった作品、シリーズはそれ自体で死んだも同じだ。私はそう思います。思ってしまいます<br><br>もちろんこの考えを押し付ける気は一切ありません。私は自分が頑固で駄々こねてるだけだと思っています<br><br>どうか皆様は私の主張・意見に囚われることなくより良いけものフレンズを目指してください